穂増 熊本在来種 肥後米 花の香酒造株式会社

堂島米市の図(浪花名所図会) 広重(寛政9年(1797)~安政5年(1858))画 / 所蔵 大阪府立中之島図書館

穂増 熊本在来種 肥後米

江戸時代の想いを
今に伝えるべく復活させた
肥後在来種「穂増」を
江戸時代の伝統製法で醸す

全量ドメーヌ和水町

“天下第一の米”肥後米

古代から脈々と続けられてきた肥後米の米作りは、江戸時代堂島米会所において、穂増(米の品種)をもって「天下第一の米」と高い評価をうけて以来の熊本は肥後米の中心産地として発展していった。将軍の御供米(おくま)(神仏に捧げるお米)には肥後米が用いられ、大坂では千両役者や横綱へのお祝い米として「肥後米進上」という立札をつけて贈られていた。市場でひろく流通していた有名な米だったが、平民の間でも寿司米として大切に扱われ「肥後米に匹敵する米はない」と言われるほど、高い評価を受けていた。その後「西の肥後米、東の加賀米」と称されるようになり肥後米は、日本の米相場を左右するほど多くの人々に食べられるようになった。

出典:芳光(嘉永3年(1850)~明治24年(1891))画 / 所蔵 大阪府立中之島図書館

熊本在来種「穂増」

わずか40粒から今によみがえらせた江戸のDNA
熊本在来種「穂増」

はじまりは1833年、現在の熊本県八代市で一人の女性農家によって種取りされ、その後熊本を中心に九州一円で栽培されましたが、米の量産が目指されるようになった時代の流れに取り残され、作る農家もいなくなりました。しかし3年前に菊池川流域の農家達が穂増を見つけ出し長い年月を経て復活を遂げました。
たった40粒の種籾から増やすことに成功した江戸時代の肥後米「穂増」を無施肥無農薬で栽培した農家の想い、江戸時代に愛された熊本の浪漫を感じて頂ければ幸いです。

熊本在来種「穂増」

穂増は、太陽、水、土、環境という自然の力でしか栽培できない。江戸時代に栽培されていた古在来種は、農薬や化学肥料を使用せずに育てられおり、 まさに昔ながらの無施肥無農薬、且つ自然の力を尊重していないと稲が倒れてしまい育てることができない。
その穂増を自然農法で栽培し醸すことで、その土地の風土を感じる、江戸の想いを伝える酒となる。

江戸時代の伝統製法で醸す

江戸の想いを今に届ける酒造り
江戸時代の伝統製法で醸す

無施肥無農薬で大切に育てられた貴重な「穂増」。
農家の皆さんの想いに応えるように、当時主流だった自然の力を活用した、昔ながらの日本酒の造り方「生酛造り」という伝統製法で醸しました。手間暇かけて醸した酒は花の香の酒造りに新たな道を開いてくれました。